霊性

宗教という学問、信仰という生き方

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神道では

人は神様の分け御霊

仏教では

一切衆生悉有仏性

と言います。

 

今日は、この2つを通して、宗教と信仰について考えて行きましょう。

人は神様。人は仏様。

人は神様

神道では「人は神様の分け御霊」と説いています。

「ひとはかみさまのわけみたま」と読みます。

分け御霊とは魂の分かれたものという意味ですので、人は神様の魂の分かれたものという意味です。

もう少し訳すと、魂というのはそのものの全てですから、「人は神様そのものだよ」と訳すことが出来ます。

人は仏様

一方、仏教では「一切衆生悉有仏性」と説いています。

「いっさいしゅじょうしつうぶっしょう」と読みます。

一切は全てという意味です。

衆生は生きとし生けるもの全てという意味や、いまだ悟っていない人などと訳されます。簡単に人と考えて良いでしょう。

悉有仏性は仏性を宿しているという意味。仏性とは、仏の本質や仏様になる可能性などと訳されます。

ですから、一切衆生悉有仏性とは「全ての人は仏様そのものを持っているんだよ」そんな訳が出来るでしょう。

宗教は霊性を高める学問

神道と仏教という違う宗教ですが、言っていることはほとんど同じなんです。

これは当たり前のことで、神仏や精神世界という見えない世界のことだからと言って、適当に教えを作っている訳ではありません。

長い歴史の中で格式の高い修行を繰り返した聖者が、霊性を高めた結果やっと分かる真実を、一般の方や修行半ばの人にも分かるように、言葉を選んで伝えているものが宗教の教えなのです。

例えば、「感情の抑圧が霊性を下げる」ということ伝えるために、ある宗教では「自分の心を見つめなさい。感情は自分の心が作り出したものなんだよ」という教えになるかもしれません。

また、ある宗教では「一切の物を所有するな。所有したいと思うから感情が乱れるのだ」という教えになるかもしれません。

表現は違いますが、霊性を下げる感情の抑圧をやめなさいという意味を持った教えです。

もとの真実は一つですから、違う宗教の教えでも同じような内容になるのです。

表現の仕方は違います。修行方法もたくさんあります。私達は霊性という言葉を使っていますが、さとりと言ったり、正しい生き方と言ったり、魂を輝かせる、などと言う事もあるでしょう。

各宗教で教えの内容は異なりますが、「どうすれば霊性を高められるか」ということを説いているのが宗教の教えなのです。

ですから、宗教と聞くといかがわしい感じするかも知れませんが、宗教とは霊性を高めることを目的にした学問であるだけなんです。

特別なことでもなく、本来は日常の中にあるもので、正しい生き方の学校のようなものです。

多額のお布施も入信も勧誘もいらないのです。脅す必要も無ければ、マインドコントロールもいりません。

もし、それらを行っているとすれば、本来の宗教とは別の宗教ビジネスだと思って良いでしょう。

神様とは。仏様とは。

話を少し戻します。

人は神様であり、仏様であるとお伝えしました。

では、神様、仏様とは、どのような方なのでしょう。

神様、仏様というのは、常に私たちに無償の愛を与えてくださっている存在です。

無償の愛とは、見返りを求めない愛です。全ての人に愛を降り注いでくれています。

そして、この愛とは霊性向上への導きの愛です。神様・仏様は、その人が霊性を高められように何時でも手を伸ばしてくれているのです。

ここで重要なのは、神仏の愛はすべての人に降り注がれているということです。

その人の信仰の有無に関わらず、その人がどんな生活をしていようと、神仏はすべての人が霊性を高められるように手を伸ばして下さっているのです。

信仰とは

神仏は、その人の信仰の有無に関わらず手を伸ばして下さっています。

確かに、縁という神仏とその人との関係性が影響しますので、神仏の伸ばす手はその人その人によって違いはあります。

それでも、全ての人に神仏の導きの手は差し伸べられています。

差し伸べられているのですが、多くの人はその手に気付きません。

気付かないまま一生を終えていきます。

その手を掴み、神仏の導く方向へ進もうとすることを信仰と言います。

信仰というと、入信したり、お経を唱えたり、座禅など修行をすることに思うかもしれませんが、信仰とはそのようなものではありません。神仏の導きの手を掴み霊性を高めようとすることを信仰と言います。

入信や勧誘が必要なことは全くありませんし、必ずしもお経や座禅のような修行が必要ということでもありません。

霊性を高めたいと望み神仏の手を握れば、神仏はその声に答えて手を引いてくれるのです。

宗教と信仰

信仰とは霊性向上の道を歩もうとすることであって、宗教というのはその方法を説いているものです。

これだけ聞くと、どこにも危ないことなんて無いんです。

たとえ良いものであっても、必要ないと言っている人を勧誘する必要はありませんし、高額なお布施なんて必要ありません。

確かに、団体であれば団体を維持するためにお金はいりますし、個人で仕事として指導をしているのならば仕事の対価は必要です。

でも、数万円の水とか、掛け軸とか、壷とかパワーストーンなんて必要ないですよ。

ただ一つ必要なのは、「成長したい」という思いだけです。

本当は神様、仏様である私たちは、生きるために我慢や抑圧をして、この世に適応しながら本当の自分を曇らせて生きています。

この曇りをとって、本来の神様、仏様に戻ろうとすることが信仰であり、その方法を説いているのが宗教なのです。

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